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『星の王子さま』作家や学者が内藤訳に挑む

日本での著作権が今年1月に切れたことで新訳ラッシュとなっているサンテグジュペリの『星の王子さま』。読者にとっては、長く読み継がれ現在も版を重ねる内藤濯(あろう)訳の岩波書店版と読み比べる楽しみができた。新訳本の特色を探ってみた。


倉橋由美子訳の宝島社版と池澤夏樹訳の集英社版は、大物作家による競演となった。倉橋訳は「大人のための小説」と位置づけ、王子の存在を主人公の中の「子どもでる自分」として際立たせている。また、池澤訳はこの作品の奥底に流れる詩的な響きに着目、言葉をスリムにしてリズム感を出した。ともに「〜した」「〜だった」という文体を用い、きりりとした印象だ。


ほとんどの本が内藤氏が名づけた『星の王子さま』という題名を拝借した中で、現代に忠実に『小さな王子さま』としたのが山崎庸一郎訳のみすず書房版だ。山崎氏は「あとがき」で「従来の邦訳題名は、作品の物語性のみを前面に押し出し、その内面性を見落とさせる惧れなしとしないと考えたからである」と説明している。この本には40にも及ぶ注釈が付けてあり、作品の背景を知る上でとても役に立つ。


フランス語を日本語にどう置き換えるかも腕の見せ所となった。たとえば、原書ではキツネが王子と交わす会話の中に「apprivoiser」という言葉が出てくる。バラの花のエピソードとも関係するキーワードだ。内藤訳の「飼いならす」を踏襲した本もあるが、三野博司訳の論創社版は「手なずける」、倉橋訳は「仲良しになる」として、それぞれ違うニュアンスを示した。


小島俊明訳の中央公論新社版も含めて一連の新訳本からは、内藤訳を乗り越えるのに腐心したようすがうかがえる。裏返せば、半世紀以上たっても古びない内藤訳のうまさをはからずも浮かび上がらせたともいえそうだ。─宮崎健二(朝日新聞