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D.H.ロレンス的な写真

敬愛する作家のサマセット・モームが、犬猿の仲であったD.H.ロレンスに対し「彼の短編は日常の断片を切り取って、そのまま投げ出したような作品」と評したことがあります。

 

プロの作家ならば日常の断片を切り取っただけではなく、手練手管を駆使して読者が面白いと感じるように書く(語る)べきだというのがモームの考えです。

 

確かにその通り。短編小説には二種類あって、モームやオー・ヘンリーのような起承転結がはっきりしたものと、ロレンスのように日常の断片を切り取って、そのまま投げ出したようなものとがあります。ただ、ロレンスを擁護するわけではありませんが、切り取る素材を選ぶセンスが素晴らしければ、それは立派な表現であり芸術と言えるのではないでしょうか?

 

これは小説、特に短編小説の話ですが、写真はまさにロレンスの短編小説のように「日常の断片を切り取って・・・」にあたるものではないかと思います。何をどのように切り取るのかが個々のセンスというわけですが、それが素晴らしいものだったら、きっと芸術になります。

 

モームのように技を駆使して素晴らしい写真に仕上げるのもひとつですが、ロレンスのようにセンス次第で、何気なく撮った、撮りっぱなしの写真が素晴らしいということもあり得るわけです。そんな写真を撮りたいなあ・・・なんて。そのためには自分の感性を磨かなくてはいけないわけなんですが。

 

ちなみに、小説については私はモームのような小説が好きですし、モームを尊敬してもいます。物語を作り上げていく作家が好きなので、個人的にはロレンス的な小説はあまり好きではありません。