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『魔術師』/ジェフリー・ディーヴァー

魔術師 (イリュージョニスト)ジェフリー・ディーヴァー (著), 池田 真紀子 (翻訳)

Publishers Weekly
ジェフリー・ディーヴァーの作品は、四肢麻痺の科学捜査官「リンカーン・ライム」シリーズだけでなく、単独の『The Blue Nowhere』(邦題『青い虚空』)などでも、ストーリー展開のうまさが光る。まさにプロットの魔術師と呼ぶにふさわしいディーヴァーが、今回ライムのシリーズで、敵役に配したのは、プロのマジシャン。ライムと、彼の助手であり恋人でもある警官のアメリア・サックスも、マジシャンに協力を頼む。


物語はマンハッタンのアッパーウェストサイドにある音楽学校で、女子学生が殺されたことから始まる。現場を目撃された犯人は、密室からこつぜんと姿を消すが、科学捜査と目撃者からの情報で、マジックの心得がある者に容疑者が絞られる。サックスはマジックに詳しい協力者を探し、カラという芸名の若手マジシャンに協力を依頼する。


じきに、敵の正体は一流マジシャン「マレリック」と判明。ところが、殺人鬼はさらに凶行を繰り返し、ライムも襲撃されてしまう。敵の目的は究極の復讐らしい。一方で、マンハッタン地方検事の暗殺未遂事件が起こる。検事は容疑者の白人至上主義者を起訴したために、マレリックの企みに巻き込まれ…。


たゆみなき緊張感と二転三転するプロットは、まさしく名人技。また、巡査部長昇進を目指すサックスの奮闘ぶりや、カラと母親のきずなに触れるくだりなどは、首から下は指1本しか動かないライムの人物描写といっしょに、ストーリーを引き締める隠し味となっている。どんでん返しとマジックが満載。本書はディーヴァーの最高傑作だ。
Copyright 2003 Reed Business Information, Inc.

朝日新聞書評
リンカーン・ライム・シリーズの本質は、科学捜査にあるのではない。たしかにライムは科学捜査の天才で、塵ひとつから犯人を割り出していくが、しかしこのシリーズの本質は変幻自在のプロットにある。連続するどんでん返しにこそ、ディーヴァーの意欲はそそがれている。さまざまなミスディレクションとトリックを駆使して、読者を幻惑させることが、この職人作家の心意気なのである。つまり、ケレンたっぷりの小説なのだ。


シリーズ第五作の本書が傑作になりえているのは、この構造による。今回の仇役は魔術師。マジックの世界では観客を幻惑するために誤導のテクニックが問われるそうだが、50代の紳士が突如として70代の老婆に変身したり、手錠をかけてもすぐにすり抜けたりと、それが全開するのだ。すなわち、このシリーズにもっともふさわしい仇役といっていい。二度は使えない手だが、本書に緊迫感が漲っているのはそのためだ。─北上次郎(文芸評論家)