書簡や日記には漱石の心情がよく表れている。「おれの様な不人情なものでも頻りにお前が恋しい」(1901年、ロンドン留学中に妻鏡子にあてた手紙)、「今に東京へ帰ったら、みんなで遊びましょう」(1910年、胃潰瘍で危篤に陥った際、伊豆・修善寺から娘たちに書いた手紙)など、家族へのあたたかいことばが多い。
「倫理的にして始めて芸術的なり。真に芸術的なるものは必ず倫理的なり」(1916年5月の日記)、「牛になる事はどうしても必要です。吾々はとかく馬になりたがるが、牛には中々なり切れないです(略)根気づくでお出でなさい」(同年8月、芥川龍之介、久米正雄にあてた激励の手紙)などは、小説家としての熱い思いを今に伝えてくれる。
─朝日新聞編集部・浜田奈美