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ツブヤキニッキ

父のノート

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今日は父の命日。


まだ電車やバスに乗るのも怖くてお墓参りにも行けないので、実家解体の折に救い出した、父の大学時代のノートを見ながら思いを馳せました。


おそらく、ノートを文字で埋め尽くしたいという私の欲求は、子供の時に見たこのノートが原点だと思います。


昔は細字のボールペンなどありませんから、つけペンで書いているのですが、細かい字をどうやって書いていたのか、今も謎です。1mmの間に10本の線が引けるという私の能力(?)は、父のこのDNAかもしれないなと思います。


ラテン語とドイツ語で書いてあるので内容は読めませんが、だからこそ、ノートでありながらアートのように感じるし、このノートを開くと父の話や父との思い出の映像が鮮やかに湧き上がって来ます。


実家の片付けをしていた時に、父が町の為に尽くしたという表彰状を見つけ、そんな事もあったのかと改めて尊敬の念を抱きました。


父は野球選手になりたかったらしいのですが、実際は祖父の跡を継いで人を助ける仕事に就きました。だからというわけでもないですが、私も人を助ける仕事(仕事でなくてもいい)をしたいと、ずっと模索しています。それも父のDNAかもしれません。


やりたい事とできる事は違うので、今までもする事にはこだわりませんでしたが、何をするかという手段はともかく、大した役にも立たないかもしれないけれど、困っている人を助ける役に立ちたいという思い、それが私の一番大事な事なのです。


言い換えれば、何かをする「何か」は手段に過ぎません。しかし、それをする為には何事にも全力で努力する事が必要です。父のノートは、努力したから人を助ける事ができたのだと、努力する事の大切さを見る度に思い起こさせてくれるものです。お金では買えない宝物。