す も も の 缶 詰

ツブヤキニッキ

朝日新聞より

「黒蜥蜴の髪の毛や唇や乳首などは本物です。よく見ると細かいカラクリがたくさんある。だまされてくれるとうれしい」


気球にぶら下がって帝都上空に脱出しようとする江戸川乱歩の人形を持ちながら、人気の人形作家で写真家の石塚公昭さんが、乱歩の名キャラクター明智小五郎よろしく玩具の拳銃を片手に説明する。


石塚さんは、乱歩没後40年の今夏、「D坂の殺人事件」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」など、小学生の頃から愛読してきた乱歩の世界を「自分の頭の仲にあるイメージ通りに表現した」本を出した。


乱歩自身を主人公に仕立て、完成まで半年かかったという。人形はもちろん、背景となる大正期の建物や地面も粘土で作り、古物市で小物を探した。撮影のため俳優と都内の鉄筋アパートに潜入も。古いレンズで撮影した素材を一コマずつ時間をかけ、自己流でデジタル処理した。


総天然色のレトロで怪しい雰囲気。乱歩には「青空さえ怖く思える作品がある」という石塚さんの妄想と、奇想天外な乱歩の妄想が重なり、人間にひそむ悲しくもユーモラスな内面性が見事に表現された。


もともと「感覚的にはアナログだから」と石塚さん。20代前半に陶芸家を目指し、「岐阜や茨城の山奥で製陶業に従事していた」。ある日、「本当にやりたいことをやろう」と開眼。東京に戻って人形作りを始めた。高校以来のジャズやブルース好き。黒人音楽家のリアルな人形で、90年代に雑誌の表紙やテレビCMで話題になった。近年は乱歩をはじめ、荷風、鏡花、谷崎などの「作家・文士」シリーズが注目される。


「人間にしか興味がない」という石塚さん。「人生はアドリブ。偶然性に期待しているところもあって、これから何ができるかわかりませんが、人形はずっと作っていきます」─依田彰