す も も の 缶 詰

ツブヤキニッキ

朝日新聞書評

秋は、スポーツやら勉強やらで忙しく、しかも涼しく長い夜もあるから、たくさん眠りたくなるのが人情で、なかなか読書にまわす時間が取れない。

そうお嘆きのみなさんに、素敵な短編集を紹介しようと思う。二冊とも内容は言うに及ばず、作り(装丁)も丁寧で、「読書の愉しみ」を存分に味わわせてくれる作品だ。

森福都の『琥珀枕』*1は、中国の蘭陵*2という町で起こる、不思議な事件を集めた短編集。県令*3一人息子、趙昭之*4くん(12歳)は、徐庚*5先生を師に、今日も勉学に励んでいる。といっても、机に向かってする勉強ではない。丘に登って町を眺め、ひとの暮らしや心の機微を学ぶのである。

風変わりかつ、楽しい勉強法を実践する徐先生は、なんと年老いたすっぽんなのだ。徐先生に導かれ、賢く優しい昭之少年は、身も心もどんどん成長していく。

徐先生と一緒に眺める蘭陵の町には、怪しげな色男や、しっかり者の女たちや、人間ではないものたちが、笑ったり泣いたり怒ったりしながら生活している。描かれる人々と景色のすべてが魅力的で、本当に昔の中国にいるかのような気持ちになってくる。

美しい人面瘡を妻にした男の話が、私は特に好きだった。人面瘡は、顔だけで体がないものだから、男がほかの女にちょっとでも目を向けると、すぐに嫉妬するのだ。そんなわけで、男と人面瘡はしょっちゅう痴話喧嘩をしている。洒落た恋愛話でもあり、謎解きもちゃんとありで、なんとも贅沢な一編だ(ほかの話も、もちろん粒ぞろいである)。気立てのいい人面瘡の夫が欲しくなった。

琥珀枕』が、さまざまな具の入ったあたたかいスープだとすると、津原泰水の『綺譚集』は、濃厚な喉ごしの冷たいポタージだ。とても美味だけれど、なんのポタージなのかわからない。野菜、それとも・・・なにかの内臓?

不気味に思っても、おいしさに負けて、ついついスプーンを口に運んでしまう。そんな感じだ。

『綺譚集』には、死のにおい、夜のにおい、日が射しているうちには明らかにならない恋のにおいが、充満している。だが、決して陰鬱になりすぎはしない。文章は研ぎ澄まされ、硬く透き通った宝石のように輝く。

そうして紡がれる物語は、どこまでも美しく、グロテスクで、しかし諧謔*6と余裕をはらんで、読むものを異世界に誘う。現実と薄い膜を隔てて接している、昏く懐かしい場所へ。私は、「死」の体感をここまで描写し、物語に昇華した作品をはじめて読んだ。

すぐれた短編集は、一話ずつが共鳴し、連携しあって、ここではないどこかへつながっているものだ。この二冊を読んで、ぜひ、時間を忘れて心のなかの旅を楽しんでいただきたい。秋の行楽では決して行けない世界が、ページをめくると広がっている。

三浦しをん(作家)

*1:こはくちん

*2:らんりょう

*3:今だと県知事

*4:ちょうしょうし

*5:じょこう

*6:かいぎゃく