- 価格: ¥987 (税込)
- 文庫: 587 p
- サイズ(cm): 15 x 11
- 出版社: 早川書房
- ISBN: 4150203571
- (2004/02/10)
ヴィリエ・ド・リラダンの『未来のイヴ』はエジソンが人造美女をつくる話だが、本書にはそのライバル、旧ユーゴの発明超人ニコラ・テスラも登場する。幻想文学にミステリーの謎解きとSFの要素を加味した、久方ぶりにわくわくする作品。
若い新聞記者のアンドルーは、自分が双子の片割れだという「共感覚」にとりつかれていた。3歳のとき養子に出されているのだが、不思議なことに、記録を調べてもほかに兄弟がいた形跡はない。
そんな折、ケイト・エンジャと名乗る女性から『奇術の秘法』という本が送られてきた。著者の名におぼえがある。アルフレッド・ボーデンはアンドルーの実の曽祖父で、19世紀末の伝説の大魔術師だったのである。ケイトは、自分の曽祖父ルパート・エンジャもまた奇術師で、1歳上のボーデンとは不倶戴天の仇同士だったことを告げる。
瞬間移動を得意にしていたボーデンは、1892年にテスラがロンドンの科学協会で行った放電パフォーマンスをヒントに「新・瞬間移動人間」を考案した。奇術師は電気装置に囲まれたベンチに横たわる。まばゆい閃光があがった瞬間、彼は消えうせ、別の場所から姿をあらわす。肉体が瞬時に伝送されたのだ。
悔しがったエンジャは数年後、さらに派手な仕掛けを使って「閃光のなかで」というショーを披露してみせる。変装して客席に座ったボーデンは、どうしてもトリックが見抜けない。ついに舞台裏に忍び込み、ある装置を発見するが、そこには子孫のアンドルーの身にもかかわる重大な秘密が隠されていた・・・。
丁々発止のマジック合戦は、テクスト内テクストとして、ボーデンの手記『奇術の秘法』とエンジャの『日記』の双方から語られる。そこはミスディレクションが専門の奇術師。肝心な部分はすっとすり抜けるし、いったい何が、そしてどこまでが本当なのかわからない。
読者は、語りとプロットの二重のイリュージョンに眩惑され、電線のようにはりめぐらされた伏線にも気づかず、息をのむ結末に向かってひたすらページをめくりつづけるだろう。
─[評者]青柳いづみこ(ピアニスト・文筆家)