す も も の 缶 詰

ツブヤキニッキ

「死を生きながら─イスラエル1993〜2003」/デイヴィッド・グロスマン

Death as a Way of Life : Israel Ten Years after Oslo

  • 価格: ¥2,940 (税込)
  • 単行本: 289 p
  • サイズ(cm): 19 x 13
  • 出版社: みすず書房
  • ISBN: 4622070901
  • (2004/04/21)

「今日のテロって、もう起きたの?」
朝、目を覚ました11歳の息子にそう尋ねられたら、親はどう答えるべきなのだろうか。これは仮定の問いではない。イスラエルで子供を持つすべての大人が向き合わねばならない現実である。誠実な親なら、テロの原因をどのように考えるにせよ(そしてそれは、大人にも理解できないほど複雑で奥深い)、そのような問いを11歳の子供にさせるような状況を作ってしまったことへの自責の念にさいなまれるだろう。
本書は、イスラエルに生まれ、エルサレム近郊に住む作家が、過去10年間、自らの住む地に平和が実現される希望を込めて書き続けてきた文章の集積である。93年のオスロ合意の際、人々は困難を予想しながらも未来への希望を抱いていた。その後の歴史は、この希望が無残に打ち砕かれていく軌跡であった。両民族の間にわずかなりとも存在していた和解への意欲は、パレスチナ側の自爆テロイスラエル政府の強硬措置の中で、むき出しの敵意と無理解へと姿を変えていく。アラファトシャロンも愚かだが、彼らが多数から支持されていることを著者は認めざるを得ない。
先にイラクで不幸な最期を遂げられたフリージャーナリスト橋田信介氏は、戦場の悲惨さをもって戦争一般を否定する平和主義の短絡性を批判しながらも、戦争の愚かさにも限度があるべきだと訴えていた。それは本書の思いとも重なる。正義に基づく平和などというぜいたくは言わない、一般市民が安心して生きられる程度の平和が欲しい。しかし戦場と日常生活が一体化してしまった状況では、恐怖が最低限の理性さえも駆逐してしまう。その様を描き出す筆は、絶望と怒りに押し流されそうになりながらも、まさに書くという行為そのものによって事態を客観化し、理性と希望をつなぎ留めているように見える。
いつかこの地に訪れるのだろうか。著者のような大人が子供の問いに対して「いや、まだだよ」ではなく、「テロ?それは昨日までの話さ。もう忘れていいんだ」と言える日が。
─[評者]中西 寛(京都大学教授=国際政治学