す も も の 缶 詰

ツブヤキニッキ

朝日新聞より

ハーメルンの笛吹きを追え!』は、ドイツの伝説を下敷きにした物語である。伝説では、ネズミ退治に雇われた笛吹き男が、報酬をもらえなかった仕返しに、町中の子どもを連れ去るという話になっている。だが、この本では、耳が聞こえなくなったために連れ去られなかった少女ペネロピーが、子どもたちを救うべく笛吹きを追って旅立つのだ。


困難な旅が予想されるのに、読んでいる間、なぜかうきうきした気分が続いた。理由はいくつも考えられる。ペネロピーが頼もしい旅の仲間に恵まれること。帰りを待っている家族たちと深い絆で結ばれていること。この物語を思い出話として語る百一歳の彼女が魅力的であること。


しかし一番の理由は、随所に出てくるなわとびの場面にあるようだ。ロープ一本だけを携えて旅立ったペネロピーは、呪文のようななわとび歌を歌いながら、各地で高度な技を披露する。これが、私の体のどこかにしみこんでいる子どものころの記憶を呼び覚ますらしいのだ。


息を切らし髪を乱して跳び続けるうち、ふと「ここではないどこか」にいるような錯覚におちいる不思議な遊び─なわとび。謎めいた歌と、回転するロープによって切りとられた空間が、別世界への入り口になるのだろうか。


暗い気持ちを吹き飛ばす心地よい汗の記憶をたぐりながら、異色のなわとびファンタジーを楽しんだ。─伊藤遊(作家)