武装SS(ナチス武装親衛隊)の歴史には、戦場の栄光と戦争犯罪の汚辱が切り離しがたく癒着している。
本書の原著は1966年にアメリカで初版が刊行され、今なお版を重ねる古典的名著の由。日本での専門書は芝健介『武装SS』『武装SS全史 Ⅰ・Ⅱ』(共著)と比較的少ない。新たに加わったこの翻訳書は、原著書に関する情報がもう少しほしいが、軍事用語もまじえた訳文は平易で、読者がふだん映画で知っている歴史があらためて勉強できる。
SSは、1929年にはわずか280人の「ナチスのイエズス会」をめざす黒シャツのボランティア集団にすぎなかった。それが33年に権力の座についたヒトラーの私設軍隊として強大な組織に成長する。34年にライバルのSA(ナチス突撃隊)を粛清してさらに勢力を拡大。39年には25万人に膨張して、ゲルマン人種優越論で固められたエリート部隊に変貌した。
公式に「武装親衛隊」という名称が発足したのは1940年である。この軍隊には、初めから終わりまで、ヒトラーの私兵団とドイツ国防軍最強の部隊という不即不離のあいまいな二重性が体質的につきまとっていた。
中核には金髪で青い眼、身長184センチ以上の身体強健な総統護衛隊。周辺には、ユダヤ人・捕虜・パルチザンを虐殺した強制収容所管理部隊・特別処刑隊・ならず者外人部隊。著者は、第二次大戦後しばらくして出てきたSS擁護論にはきびしく批判的である。悪名高い数々の汚れ仕事は、他民族を「劣等人種」視するSSイデオロギーの所産であり、無答責ではありえないと名言している。
士気高いエリート部隊だった武装SSは、諸方面の戦闘に「火消し部隊」として投入され、みごとな戦果を挙げるが、酷使されて消耗が激しく、やむなく増員のため国外在住のドイツ人や外国人にも人的資源を求め、強制徴用して《劣化》を招く経過をたどる。
虎の子を使い果たしたヒトラーが、SSの戦意喪失に絶望して自殺するまでのダイナミズムが興味深く読める。─野口武彦(文芸評論家)