す も も の 缶 詰

ツブヤキニッキ

朝日新聞より

当代随一のストーリーテラーは、タビー破りが得意だ。宗教象徴学者ロバート・ラングドンという魅力的なヒーローを据えて、『天使と悪魔』(2000年)ではローマ教皇を、『ダ・ヴィンチ・コード』(2003年)ではイエス・キリストを、とてつもなくスキャンダラスな歴史の中で演出してみせた─。


2001年発表の本書『デセプション・ポイント』は、上のシリーズをは異なり、過去の歴史ならぬ間近に迫る近未来の視点から、アメリカ大統領と米航空宇宙局(NASA)をめぐるタブーへと果敢に切り込んだ傑作である。


大統領と宇宙開発と聞けば、1960年代初頭、ジョン・F・ケネディ政権時代のニュー・フロンティア政策を思い出す向きもあろう。しかし、それからとうに半世紀近い歳月が過ぎようとしているいま、宇宙開発は決してバラ色ではない。たしかに使い捨てロケットの時代から反復使用に耐えるスペースシャトルの時代への移行は、一見したところ経済的転回に見えたが、しかし1986年のチャレンジャー号爆発事故のあとも災厄が続き、本書の原著刊行後の2003年にはコロンビア号の空中分解事故により、事実上、宇宙開発は大きな停滞を余儀なくされている。


いまや大統領選の争点が、これまでさんざん失敗をくりかえし何十億ドルもの資金をムダ遣いしてきたNASAの処遇に絞られ、宇宙開発の民営化が抜本的に検討されるようになるのも、時間の問題なのである。かくして本書では、NASAを指示する現職大統領ザカリー・ハーニーを追い落とすべく、上院議員セジウィック・セクストンが権謀術数の限りを尽くす。


折も折、セクストンの娘で国家偵察局(NRO)に務める主人公レイチェルは、大統領およびNASAの側から、18世紀に北極圏に落下した隕石に地球外生命体(ET)とおぼしき昆虫の痕跡が発見されたというショッキングな知らせを受ける。各地での空飛ぶ円盤(UFO)目撃はハイテク航空機の誤認にすぎないというのが情報機関内部の常識だったし、地球外文明探索(SETI)に象徴される活動も丸35年間、総額4500万ドルをかけたのに何一つ実りがないNASAの金食い虫であるのは、暗黙の了解だった。したがって、この隕石がほんとうにETの証拠なら、大統領陣営の逆転勝利は必至。


にもかかわらず彼女が事件の核心へ迫れば迫るほど、命を狙う魔の手が忍び寄る。しかも、父であるセクストン上院議員ときたら、娘の命と引き換えにしても、大統領の椅子を狙ってやまない。はたして欺瞞という欺瞞が次々と暴かれ、大統領選は思いもよらぬ展開を見せる。


わけても、謎の隕石がこう紹介されるところが印象深い。「このニュースはすべてを備えている─科学、歴史、政治ドラマといった、人の心を引きつける話題の大鉱脈だ」(第73章)。本書を一気に読み終えた読者は、この論評がブラウン文学自体にぴったりあてはまることを、確信しているはずである。─巽孝之(慶応大学教授=アメリカ文学