す も も の 缶 詰

ツブヤキニッキ

朝日新聞より

先日、久々に『ちびくろ・さんぼ』を読んだ。なつかしかった。楽しかった。森の中でトラに襲われた少年が、機知で危機を切り抜ける。特にさんぼが登った木をかこんでトラたちが走り、バターになってしまうところは最高だ。そのバターでお母さんがホットケーキを焼いてくれるところも。


この絵本は1988年に絶版になった岩波書店版の一部復刻である。絶版になった理由は、この絵本が黒人差別を助長するおそれがあると指摘されたから。当時は、差別助長の指摘を「言葉狩り」、絶版を「事なかれ主義」と批判する声もあった。99年には、灘本昌久によるオリジナル版の翻訳『ちびくろさんぼのおはなし』と、差別問題について考察した『ちびくろサンボよ すこやかによみがえれ』(ともに径書房)が出ている。


もともと『ちびくろサンボ』は、インド在住のスコットランド人、ヘレン・バンナーマンが、自分の子どものために書いた手作り絵本だった。絵もバンナーマン自身が描いた。灘本版で見ると、サンボはインド人の少年のようだ。ところが岩波版(そして、今回の瑞雲舎版)の絵(フランク・ドビアス筆)はアフリカ系黒人に見える。いま読むとちょっとヘンだ。


かつての絶版問題について何か断り書きがあるかと思って探したが、どこにもなかった。あの論争をまるでなかったことにしているみたい。ただ「なつかしい」でいいんだろうか。─永江朗(ライター)