す も も の 缶 詰

ツブヤキニッキ

朝日新聞レビュー:作家・伊藤遊

異世界を舞台にしたファンタジーの多くが、冒頭に地図を掲げている。そを見ると、現在位置がつかめて便利なのだが、物語の主人公が地図も俯瞰する手段も持たない場合は、なんだかずるいことをしたような気になるのは私だけだろうか。


はてしない物語』には地図が無い。舞台のファンタージェン国では方角すら変化するため、作りようがないのだ。人間の想像力が及ぶ限り、どこまでも広がり続ける国なのである。


その国に滅亡の危機が訪れるところから物語は始まる。前半の主人公はファンタージェンの住人アトレーユ。後半はこの物語の読者であるバスチアン。国を救うべく勇敢に突き進むアトレーユの旅の爽快さに対し、「汝の欲することをなせ」という使命を帯びたバスチアンのラビは徐々に陰鬱なものになっていく。彼は目的を失い、しばしば間違いを犯して苦しむ。


しかし、バスチアンのそんな姿に共感する人は多いはずだ。自分が本当に望んでいることを知ることは、自分を知ること。この物語を読んで、何ひとつ得ずに本を閉じるのは難しい。

だが、この作品の真の魅力は、異世界の豊かなイメージにこそある。例えば「夜の森オエレリン」。一粒の砂から芽吹いた光を放つ植物が、一夜で森になるようすは圧巻。さらに、夜明けと同時に森が崩れ去ってできる「色の砂漠ゴアブ」の素晴らしさろいったら!


読み終わったなかりなのに、もう読み返してみたくなる。まさしくはてしない物語だ。