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朝日新聞書評 『血族の物語』

歴史の教科書は、数ページ進んだところからがおもしろい。冒頭の部分は、人類の誕生がごくあっさりした記述で書かれているだけで、「人間のドラマ」みたいなものを感じる余地がないからだ。──と思っていたのだが、『血族の物語』を読んで考えを改めさせられた。P・ディッキンソンのような豊かな想像力があれば、発掘された打製石器からでも、持ち主の冒険譚を創作することができるのだ。

物語の舞台は20万年前のアフリカ。我々の祖先にあたる人類が出現したころだ。よそ者に襲撃された<月のタカ>族は、新しい<よきところ>を求めて旅する途中、足手まといになった幼児たちを置き去りにする。幼児の救出に戻った少年スーズとリノは、自分たちだけで<よきところ>を目指す。

水も食べ物も簡単には見つからない乾いた大地。子どもだけの旅は困難を極める。読み手のほうが「生きていけるわけがない」と弱気になるのだが、彼らは決してあきらめない。そんな彼らを応援するうち、いつしか20万年という時の隔たりは頭から消え去っていた。

ほかの一族や、言葉を持たない人々に出会い、とまどいながらも「異質なもの」を受け入れていく彼ら。その賢さこそ、少しの違いに敏感になりすぎた我々が、取り戻さなければならないものではないかと思った。

本編の間に39編の「むかし話」が挿入されている。これがまたおもしろい。一人の作家が全部書いたとは思えないくらいだ。

─伊藤 遊(作家)