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「没後100年」怪談・周縁への視点

6月に発刊された怪談専門誌「幽」(メディアファクトリー)は、第1号の巻頭特集として小泉八雲を取り上げた。幻想文学評論家の東雅夫編集長は「ハーンの怪談は日本の古い歴史や文化につながっている。社会の転換期の不安のなかで、作品の魅力が増している」と指摘する。
衰えない人気を背景に、ゆかりの地では観光の柱に焼くもをすえているところも多い。
1890年に初めて日本を訪れたハーンは、「小さな妖精の国」(「東洋の地を踏んだ日」)と印象を記した。教師として赴任した松江の風景も「素晴らしい夢まぼろしの姿」として描くなど、旅人としての素直なまなざしで、土地の良さを見いだしていく。
ゆかりの地での愛され方は宮沢賢治にも匹敵し、各地で命日に合わせた記念式典や演劇の上演などがある。
ハーンが教えた東京大、早稲田大などでは9月25日から国政シンポジウムを開く。「世界の中のラフカディオ・ハーン」「混淆文化の国、クレオール日本」などがテーマ。シンポジウムのまとめ役である平川祐弘・東大名誉教授(比較文学)は「連続国際シンポジウムでは約60人が論文を出しています。アメリカなど中心部分の力が強まっていることへの反発として、周縁の人であるハーンの人気が高まっているのではないか」と話す。
ハーンは日本を訪れる前にカリブ海のマルチニク島にも2年ほど滞在し、植民者と先住民の文化が混ざって生まれたクレオール文化の積極的な価値を見いだし、急速に消えつつあった現地の伝統を記録した。島民の生活と文化を描いた『仏領西インドの二年間』やクレオールのことわざ辞典、クレオールの料理を紹介した本も書いた。
クレオール文化については植民者の視点から、一段劣ったもののように見なされてきたが、近年、独自の文化体系として積極的に評価する動きが出ている。
巽孝之慶応大教授(アメリカ文学)は「ハーンの時代の白人たちは、ダーウィンの進化論の登場で、それまで動物扱いしてきた黒人奴隷を、どうにか人間とみなして『人種差別』する視線を持った状況だった。この時にクレオール文化を評価していたハーンの先駆性には驚く。日本の怪談も、こわいだけの話ではなく、文化人類学的な視点から、ひとつの体系に貫かれた構造体としてとらえていた」と指摘する。
世界の周縁をさまよい続けた旅人の目は、国境だけでなく時代をも乗り越えている。
─加藤 修(朝日新聞、8/11)