す も も の 缶 詰

ツブヤキニッキ

鬼平の好物

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鬼平こと火付盗賊改方長官・長谷川平蔵の好物は何か知っていますか?数ある好物の中でも特に大好物なのが、白粥にネギ入りの炒り卵を入れた物だそうです。鬼平は実在していましたが、池波正太郎の小説はフィクションだから、もちろん好物の話もフィクションではありますが。


で、今朝はそれを作ってみました。お粥に炒り卵を入れるというか、乗せるというか、それはやった事がないし、例によって味付けは書いてないので、想像力に頼って。


お粥には出汁を効かせ、炒り卵の方は塩のみという味付けにしてみましたが、これ美味しい!本当に美味しい!


シンプルだけど奥深い、お腹にも優しいホッとする味。砂糖など使っていないけど、卵の甘さも感じるし、ネギ(長ネギではなく、あさつきを使用)が入るのがまた良い感じ。お粥というのもまたいいのでしょうね。おかずには、塩だけで漬けた梅干し。


江戸時代は現代に比べて食べ物が豊富ではなかったから、卵もご馳走のうちであっただろうと思うけれど、池波正太郎のイメージ的に湯豆腐だとか鰻だとかを思い浮かべていたところ、四百石の殿様が白粥に炒り卵とは、なんと庶民的な事か。


実際、鬼平犯科帳に湯豆腐は出て来なかったような。鍋は軍鶏鍋とねぎま鍋だけだったかな?湯豆腐が好きなのは、藤枝梅安だったか!と。


ともあれ、火付盗賊改方長官というハードな仕事の鬼平が、一番好きなのがこれって何となく分かるような気がしました。鬼平という人は真に心の温かい人で、その心の有り様が現れている料理だなと納得しました。派手なご馳走ではないけれど、密かにしみじみ美味しい料理です。


※画像はイメージです。

暑さ寒さも彼岸まで

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今日は彼岸の明け。暑さ寒さも彼岸までというわけで朝晩涼しくなって来たので、母に秋物の衣類を送りました。介護施設では各3枚ずつと決められてはいるものの、上から下までひと揃い3枚ずつ用意して、全てに名前を付けるのはなかなか大変な作業。靴下なんて左右につけなくてはいけないんですからね。


さらに義母も動けなくなった為、これからは二人分。義母の分は名前付けはないので買うだけですが、二人のサイズも違うし、好みも違うからややこしい。全部ネットで買うので、荷物を受け取るのもひと仕事です。


母の方はサイズも好みもだいたい分かるとはいえ、しばらく会えずにいるので、痩せたか太ったかも分からない。窮屈なのは可哀想なので、とりあえず大は小を兼ねるで我慢してもらうしかないという感じ。


服はリアルタイムでは思った物が買えません。早め早めに準備しないとサイズもなくなるから、すでに冬物も揃えつつあります。夏物の時には、施設で長袖と決められているのに、暑くなったらもう長袖が売っていなくて苦労しました。だから早め早めというより、一年中目を光らせていないと必要な物が買えません。


それに、二人分となると金額も馬鹿にならないので、バーゲンも常にチェック。夏物だろうが冬物だろうが、コレ!と思った物は購入しておく。


義母は近くにいるので、不具合があればすぐ分かるけれど、母の方の状態は一切分からないので、買った物は全て私が試着して、肌触りや着心地などをチェックしてから送ります。


そんなわけで、せっかく買ってもボツになる物も数痴れず。もったいないとは思うけど、着る物にストレスを感じて欲しくない。できるだけ着心地の良い物を着せてあげたいと思って用意しています。


とりあえず、今日秋物を送ってひと段落。もうちょっと寒くなったら、今度は冬物です。実家の方は冷え込むので、冬物は十分に気を配ってあげないといけません。


初彼岸

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今日はお彼岸の中日。

3月に急逝した弟の初彼岸ですが、相変わらずのコロナのせいで、お盆に続いてお彼岸もまたお墓参りに行けませんでした。


昨日は敬老の日

これまたコロナのせいで、未だに介護施設にいる母には会えません。テレビで、ビニール越しに家族に会って涙している方を観て、もらい泣き。私もビニール越しでもいいから、とにかく元気な姿を見たい。会いたいです。


8月末には、結婚して名古屋に行った姪(一番可愛がっていた姪)に第一子が産まれました。お祝いは送ったけれど、姪にも赤ちゃんにも会えません。


もう、悲しみを越えた諦めの境地。


人生の節目にもなる冠婚葬祭が、まともにできない世の中は悲しい。何がwithコロナだと思います。withコロナじゃダメなんだと何回でも言いたい。今は他人事でも、冠婚葬祭は必ず自分にも訪れる。その時に、withコロナのままだったら、きっと悲しい思いをするでしょう。一人一人がそれぞれの立場で想像して欲しい。


しかし、自分がいくら努力して自粛して、感染を防いでいても、どうにもならないもどかしさ。政府がGOTOナントカを進めているから、もう大丈夫なんだというわけではないのに、最近世間の危機感は薄れてます。


この連休の大混雑のニュースなどを観ると、暗澹たる気持ちになります。各店舗に置いてある消毒液を使う人も減って来たし、飲食店で顎マスクで唾を飛ばしてる人を見ると、腹立たしい。そこにコロナがある状況は変わっていないのに。


それで各種規制緩和が進んで行くと、いつまで経ってもお墓参りにも行けない、母にも会えない、万が一の時には病院にお見舞いにも行けない、子どもは会えないままに、いつの間にか大きくなっているかもしれないし、母は曾孫の顔も知らないままになるかもしれない。


ウィルスは自然の災害(本当に自然のものかどうかはともかく)だから、どうしようもないのかもしれないけれど、人類として撲滅させる努力はしなくてはいけないでしょう。ウィルスがあるのは自然ではあるけれど、人類はウィルスとずっと戦っているんですから、コロナとだって最後まで戦わなければ。


でなきゃ、冠婚葬祭だけでなく、この先ずーっとマスクして暮らすんですか?不自由な生活のままでいいんですか?と思います。せめてワクチンや治療薬ができるまで、目先の欲に負けず、自分を大事にして欲しいです。