す も も の 缶 詰

ツブヤキニッキ

朝日新聞より

つまらんノンフィクションを読みすぎてむしゃくしゃしているとき、この本に出会った。


「レック・ダイバー」と呼ばれる、沈没船を専門に捜索するダイバーたちの物語である。主人公の一人、ベトナム戦争の死線をくぐり抜けた元衛生兵が、ある日、水深70メートルもの海底で、美しい流線型の沈没船を発見する。中から鉤十字マーク入りの食器皿が出てきた。ナチスの誇った潜水艇Uボート」なのだった。


ところが、アメリカのこの海域に沈んだUボートなど、戦史のどこにも記録されていない。いったいこいつは何者なのか・・・。ここから元帰還兵と、もう一人の主人公であるドイツ人の父親を持つ百戦錬磨のダイバーとのミステリー・ツアーが始まり、謎解きは二転三転する。


その間に、仲間の三人がダイビング中に命を落としてしまう。ときに人を狂死させる水圧の恐怖が、ぞっとするほどに迫ってくる。レック・ダイバーは、難攻不落の未踏峰を目指す登攀者と同じくらい、死と隣り合わせの存在なのである。


この海洋冒険ドキュメントは、途中から深遠な命題を帯びてゆく。Uボートのドイツ人乗務員たちは、負け戦を知りながら、無駄死にを覚悟の上で、逃亡も叛乱も企てず、敢然と海に乗り出していった。その輪郭がはっきりしてくるにつれ、無言の彼らが主人公たちに問い掛けるのだ。いま深海にいる君は俺で、俺は君だ。運命に試されたとき逃げるのか、それとも立ち向かうのか、と。


かくして、Uボートの中に埋もれていた数十体の白骨たちが、主人公二人を変えてゆき、ついには十年余り後、ドイツの遺族の元にまで引き寄せるのである。


そう、これは生者と死者、かつての敵と味方の、邂逅と、そして抱擁の物語なのである。深海での生者と死者の低い対話の声が、やがて海鳴りとなり、さらにあたかも天空からのレクイエムとなって降り注いでくるかのようだ。行き届いた取材といい、巧みなストーリー・テリングといい、これが初の長編ノンフィクションとは思えぬ出来栄えである。─野村進(ジャーナリスト・拓殖大学教授)