す も も の 缶 詰

ツブヤキニッキ

朝日新聞より

自分の国の政府が「加害者」となった時、その国籍を背負う国民はどうすればいいのだろう。自国の同胞が隣人に憎しみを持って攻撃された時、それは自国の兵士が隣人を蹂躙しているからだ、と認めることができるだろうか。そして「加害者」の国の人間として、「被害者」の側に立って生活することができるか。


イスラエルのジャーナリストであるアミラ・ハスは、ナチスドイツ下での迫害経験を持つ両親のもとに生まれた。ユダヤ人の彼女が、イスラエル軍が占領するガザとヨルダン川西岸地区の特派員として、自国の兵士や入植者がいかに占領地のパレスチナ人の生活を侵害しているかを、被害者の立ち位置から自国民向けに書く。本書は、1997年から2002年までにイスラエル日刊紙に掲載されたコラムをまとめたものである。


イスラエル兵がいかに正確にパレスチナ少年の頭を撃ち抜くか、まだ人の住む家をいかに無残にブルドーザーで押しつぶすか、住民の移動を封じ息を詰まらせ、自治政府の建物に乱入して糞尿をまき散らしてきたか。イスラエル政府が「安全のため」と称して占領地への締め付けを強化したことが、パレスチナ人の怒りを爆発させ「死ぬ準備ができている」若者を増やし、「ユダヤ人にとっても危険」な状況をもたらす、と彼女は強調する。


彼女の批判はイスラエル政府に対してだけに向けられているのではない。パレスチナ自治政府イスラエル防衛の下請け業者になるか、パレスチナ人の大衆蜂起を政治的に利用するかで、結局占領地住民は自分たちの政府からも疎外されていった。90年代、一見「平和」が進んでいたかに見えるオスロ合意の枠組みの中で、実は占領地住民が分断され閉塞状況に追いやられていたことを、彼女は鋭く追及する。むしろ随所で描写される、占領地住民とイスラエル兵士の限られた対話や相互の生活に対する学習の経験の中に、「ふたつの民族がともに価値があり平等だ」と認め合う可能性を見る。


巻末、ジャーナリスト土井敏邦氏によるインタビューが秀逸だ。「傍観者にならない」という著者の決意が力強い。─酒井啓子(アジア経済研究所主任研究員)