す も も の 缶 詰

ツブヤキニッキ

朝日新聞より

同性愛の罪で投獄された「世界一有名なホモセクシャル」、オスカー・ワイルドの代表作に 『ドリアン・グレイの肖像』*1 がある。絶世の美青年が主人公のこの小説にはホモセクシャルな気分がたちこめているが、本書の著者は、「ドリアン」とは古代ギリシアドーリア人のことだと説く。ドーリア人は戦士の友愛で名高い民族で、彼らが軍隊組織のなかで男子の同性愛を発達させた。この「ギリシアの愛」は、プラトンの『饗宴』によって神話的な正統性をあたえられる。


そこから始まり、アレクサンドロス大王カエサルハドリアヌス帝、聖アウグスティヌスと、ホモセクシャル大列伝を縦横につづる海野氏の筆は、「夜の警察」という同性愛取締り隊のできたフィレンツェのレオナルドやミケランジェロまで、とどまるところを知らない。


といって、これはただ面白おかしいだけのエピソード集ではない(むやみに面白いことは事実だが)。


科学の発達によって、男女の生物学的違いが人間の絶対的区別となったのは、19世紀広汎のことである。その結果、異性と同姓という概念が決定的に重要になり、古代からの男色(ソドミー)は、同性愛(ホモセクシャル)と呼ばれるようになった。そして、ホモセクシャルは罪悪から病気へと変質していく。19世紀末のワイルドの投獄事件は、こうした「ホモセクシャル」成立の分水嶺と見ることができるだろう。


本書の根底にあるのは、「ホモセクシャル」を作り出したのは20世紀であり、この現象を通じてこそ、20世紀の社会(とくに文化・芸術)の特徴が浮き彫りにできるという強い確信である。著者はつねにこの問題提起に立ち戻り、古代ドーリア人から現代ニューヨークのゲイに至る世界史を、特異な20世紀論として編み直してみせる。


なかでもハリウッドの同性愛をめぐる章は圧巻で、タイロン・パワーケーリー・グラントもゲイだったという話など興味は尽きないが、『風と共に去りぬ』の監督だったジョージ・キューカーがクビになった真相には度肝を抜かれた。─中条省平学習院大学教授=フランス文学)