す も も の 缶 詰

ツブヤキニッキ

朝日新聞書評

古王国記シリーズⅠ『サブリエル 冥界の扉』の主人公サブリエルは、女子高生のネクロマンサーだ。ネクロマンサーといえば悪役のイメージが強いが、彼女の使命は死霊を蘇らせて操ることではなく、冥界へと送り返すことだ。用いる道具は七つのハンドベル。聞くものを眠らせる<ランナ>から、鳴らした者さえ死へと誘う<アスタラエル>まで、七種の音を駆使して大死霊たちと戦う。

冥界に川が流れているという設定は、日本人にとってなじみ深いものだが、ここに描かれる死後の世界は日本のそれとはだいぶ違う。九層からなる冥界は九つの門で仕切られ、最終門の向こうには二度と蘇れない完全な死が待ち受けているのだ。生前の行いによって裁かれることもなく、生きるものは等しくそこへ流れ落ちていかねばならない。この救いのない死後の世界観は、裏返せば、生きていることのすばらしさや今の大切さを熱く詠い上げるものだ。

京都には、十万億土の彼方の冥界に音が届くといわれている鐘がある。精霊たちはその音に導かれ、お盆を肉親のそばで過ごすために、現世へ戻ってくるのだ。やがて門火に送られて、再び冥界へと旅立つ。こういう生者と死者の関係に慣れきった私は、ニクスの描く冥界の非情さに圧倒されっぱなしだった。

しかし、おもしろいのだ。壁一枚隔てた隣にある異世界。そこに満ちているチャーター魔術のきらめき。首輪に本性を封じられた白ネコ。読み始めたらやめられない。

─伊藤遊(作家)