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話題の本情報

『コロンバイン・ハイスクール・ダイアリー』ブルックス・ブラウン (著), ロブ・メリット (著), 西本 美由紀 他 (翻訳)

  • 価格: ¥1,554 (税込)
  • 単行本: 305 p
  • 出版社: 太田出版 ; ISBN: 4872338367 ; (2004/04/22)

朝日新聞書評>─これは「アメリカの悲劇」ではない。コロンバイン事件のことだ。1999年4月20日コロラド州リトルトンのコロンバイン高校で2人の生徒が13人を射殺して、自らも命を絶った。
本書を読み、加害者や被害者たちを取り巻いていた様々な状況、環境をつぶさに知れば、とても対岸の火事とは思えない。主著者のブルックス・ブラウンは、学友と先生たちを無慈悲に撃ち殺した2人の友だちだった。
一口に友といっても複雑な仲である。著者は犯人の一人、エリックのホームページで「殺す」と脅迫されていた。些細な諍いが原因だった。エリックは言葉だけではなくいやがらせを実行した。
そんな深刻なトラブルを抱えながらもブルックスは彼らとのつきあいをやめなかった。何故か。著者も加害少年たちと同様、学校や地域社会から爪弾きにされ、リアルライフに身の置き場のない孤独な自分を持て余していたのである。
学校を闊歩しているのは、スポーツチームに属する強健な生徒たちだった。彼らはひ弱な「コンピュータ・オタク」であるブルックスや加害少年たちを格好の嘲りと暴行の対象とした。
保守派の政治家などは事件後、加害者たちがゲームやネットに夢中だったことを殊更に取り立て、暴力的なエンターテインメントが子どもたちを駄目にしているというキャンペーンを張った。日本でもお馴染みの構図だ。
これに対しブルックスは反論する。まず暴力的なのは社会の側であり、サブカルチャーはその反映にすぎないと。
リトルトンやコロンバインの閉鎖性には息が詰まる。ブルックスは殺人犯と親しかったばかりに容疑者扱いされてしまう。しかし、そんな逆風をものともせず、あくまで自分で考え、判断し、己が言葉で他を説得しようとする彼の「倫理性」には心を打たれる。
事件によって引き起こされた社会不安や被害者感情を、政治や宗教に利用しようとする輩への批判は苛烈を極める。その怒りを孕んだ能弁の影に、取り返しのつかない悲しみがそっと寄り添う。
─評論家・宮崎哲弥朝日新聞 7/4)

『アダムの呪い』/ブライアン・サイクス (著), Bryan Sykes (原著), 大野 晶子 (翻訳)

  • 価格: ¥2,100 (税込)
  • 単行本: 213 p ; サイズ(cm): 19 x 13
  • 出版社: ソニーマガジンズ ; ISBN: 4789722791 ; (2004/05)

朝日新聞書評>─題名から推理小説怪奇小説の類を想像しかねないが、大はずれ。一流の学者によるれっきとした科学ドキュメンタリーだ。だが、へたな小説が裸足で逃げ出すほどスリリングで面白い。
前著『イヴの七人の娘たち』で著者は、女性のみに受け継がれるミトコンドリア遺伝子を分析し、約14万年前にアフリカにいたひとりの母(イヴ)から、どう枝分かれして、人類が世界各地に散らばっていったかを、鮮やかに解き明かした。
その後、男性のみに受け継がれるY染色体の解析が進み、人類共通の父親(アダム)が約6万年前にいたことが判明した。その前に存在していたY染色体は絶滅したらしく、「呪い」の兆候が見える。
女性の進化マップがきれいな円形になるのに対して、男性のはいびつだ。特定の遺伝子が異常にはびこるからだ。ケルトの英雄サマーレッドの遺伝子は、千年で50万人に増殖した。モンゴルの英雄チンギスハーンの遺伝子は、今日1600万人に広がったと推定される。巨大な富と権力を手にした闘争的な遺伝子が、ときには暴力的な手段も辞さず拡大する。著者はそこに、自然を抑圧し地球を破滅に向かわせる「呪い」を感じている。
もうひとつの「呪い」はもっと深刻だ。通常の遺伝子はペアになっており、突然変異は半分しか伝わらない。Y染色体は相棒がいないので全部伝わる。しかも卵子は24回しか細胞分裂しないのに、精子は千回以上コピーされ、突然変異にさらされる確率が高い。現在でも精子の奇形は3分の1〜2分の1に達しているが、今後さらに破壊は進み、12万5千年後には男性の生殖能力はいまの100分の1程度に劣化するという。「呪い」は、人類絶滅への時限爆弾だったのだ。
本書が解説する性や遺伝のしくみの精緻さは、まさに驚嘆に値する。人類の知恵はそれを解き明かし、コントロールできるところまで進んでしまった。
著者のいう、地球破滅と人類絶滅の2つの呪いもさることながら、人類が浅はかな知恵を振り回して、遺伝や進化をコントロールしようとすることの方が、はるかに怖いような気がするのだが・・・。
─作家・天外伺朗朝日新聞 7/4)

『ゲド戦記外伝』アーシュラ・K・ル=グウィン (著), 清水 真砂子 (翻訳), Ursula K. Le Guin

  • 価格: ¥2,310 (税込)
  • 単行本: 458 p ; サイズ(cm): 21 x 15
  • 出版社: 岩波書店 ; ISBN: 4001155729 ; (2004/05/28)

朝日新聞書評>─60年代後半から70年代前半にかけて書かれた「大魔法使いゲド」を主人公とする『ゲド戦記』三部作は、世界中で多くのファンを獲得した。だが、それだけなら、この作品は、傑作ではあるけれども優れたファンタジーのひとつとして知られるに留まっただろう。
三作目からおよそ20年たった1990年、ル=グウィンは突然、第四部『最後の書(帰還)』を発表し、ファンを当惑させた。なぜなら、その主人公が「大魔法使いゲド」ではなく、魔力を拒否して人間として生きることを選択したひとりの女だったからだ。さらにいうなら、その女は、「生理」というような刺激的な言葉を使い、ついにはゲドとセックスまでしてしまうからだ。さらに10年後の完結編『アースシーの風』では、主人公の、虐待されレイプされた少女を筆頭に、崩壊寸前の世界を目の前にして呆然とする男たちを尻目に敢然と戦う女たちが中心に描かれた。『アースシーの風』と同時期に書かれた短編集であるこの『外伝』でも、その姿勢は変わっていない。「カワウソ」では、ゲドの母校、魔法を教える「ローク学院」の成立に実は女が関わっていたことが書かれているばかりか、最後の「トンボ」では、ついに「女性排除」を本質とする「ローク学院」こそが世界を転落させた原因のひとつなのだと糾弾されるに至ったのだ。
そんな『ゲド戦記』の「変質」に対して行われた批判は、こういうものであった。
「ファンタジーに無粋なフェミニズムの主張を持ち込むべきではない。我々は、ただ魔法と冒険に満ちた豊かな物語を読みたいだけなのだ」
だが、「魔法と冒険に満ちた豊かな物語」としてのファンタジーとはいったい何だろう。それは、現実の中にではなく、目を閉じて見る夢の中にしか存在しえぬものなのだろうか。
ゲド戦記』のもっとも重要な主張は「魔法とはことばだ」ということだ。魔法使いは、相手に「ことば」を投げかけ、術にかける。
「ことば」を投げかけることが魔法なら、我々の生きる世界、「ことば」が飛び交い、それによって影響を与え合うこの世界もまた魔法の世界ではないのだろうか。たとえば、「女は男の支配下で生きよ」という暗黙の強制も、「女」にかけられた「魔法」ではなかったのか。
「わたしたちは間違う。間違ったことをする。動物はけっしてしないのに。どうしたら動物のようでいられるんでしょう?でも、とにかくわたしたちは過ちを犯しうる。犯してしまうのです。くり返しやってしまう」
「ことば」を覚えたために、人間は間違う。間違えて、間違えて、世界を破滅の危機にまで追い込んでしまう。だが、自由はその中で見つけるしかないことを、ル=グウィンは(『ゲド戦記』の登場人物たちは)、知っていたのだ。
─作家・高橋源一郎朝日新聞 7/4)