す も も の 缶 詰

ツブヤキニッキ

朝日新聞・書評

意地悪で辛辣で、どきどきする短い小説が20編。改めて、女の書く小説って面白いなあと思う。面白いのなかには、恐ろしいなあという驚嘆の溜息も混ざっている。作品中にしかけられた薔薇の棘で、読者はきっと傷を負うだろう。その痛みこそがボウエンの魅力である。

21世紀を見ることなく亡くなったダブリン生まれのこの小説家は、生涯に数多い短編小説と10の長編を書いた。だが、日本では、ほとんど紹介されていない。本書は「ミステリー」となっているが、わざわざ括らなくてもいいような気がする。もっとも、人間心理の暗い夜道を、かすかな案内灯で照らすような筆致は、読者の探究心を大いに刺激する。その肌合いをしてミステリーと呼ぶことに、わたしはまったく反対しない。

日常の細部がしっかり書き込まれているが、進行する出来事は暗示的。すーっと読むと、あれっ?何か起こったのかな、と困惑する。一見、何も起こっていないように思える。でも、何かが変わった。組み替えられた。そんな気がして、また、戻って数行読む。そうして目をこらし読んでいくと、作品の輪郭が少しずつ明確になってくる。

時には暗示が効きすぎて、最後まで謎のなかに取り残される作品もある。そういうとき、自分が気のつかない、ぼんやりした女のように感じる。それもまた楽しいのだ。きっとどこかを読み落としたに違いない。もう一度迷路をたどりながら読み返す。ひんやりと鋭い読後の印象は、癖になるような味である。

女や子どもたちの心理を描くとき、ボウエンの筆はもっとものびやかだ。「告げ口」は、姉たちの友人ジョセフィーンを殺してしまったろくでなしのテリーが、家族にそれとなく告白しながら、誰からも親身に信じてもらえない話。テリーの心の暗部と彼のだめさ加減を、晴朗としたユーモアで、たんたんと描く。決して上から神のように裁かない。矛盾や不条理にやすりをかけて、なめらかなお話に仕上げるのではなく、人生の細部の連結の悪さを、そのままに放置して表現する凄み。詩的箴言も随所に光る。

─[評者] 小池昌代(詩人)