す も も の 缶 詰

ツブヤキニッキ

本好き─(角田光代・作家)

アパート二階の底が抜けたというニュースを見た。底が抜けた原因は、二回の部屋に大量にあった本らしい。


ああ、今、このニュースを見聞きして、私の知り合いのうち、いったい何人が肝を冷やしていることだろう、とまず思った。


私の知人の何人かは、たいそうな量の本を持っている。ひとりの人間の平均所有数はどれほどなのかわからないけれど、明らかに彼らは、持ちすぎている。布団を敷いた長方形以外、本が山積みになっているという人もいる。その人んちを訪れた客は、本のあいだにできた細い獣道を通って布団までいき、布団に座って談笑するらしい。あるいは、布団スペースまで本に占領されて、本でベッドを作った人も知っている。


このうちの何人かは、所有する本が床もしくは階下に及ぼす影響に脅かされて、一軒家とか鉄筋マンションとか一階とかに引っ越している。


そこまではないが私も本が捨てられない。引越しのたび引越し屋が「本が多いっすね」とうんざりした顔で言う。仕事柄、昔の本を読み返したり、引用したりするから捨てられないんだ、とそのたび心のなかで返答するが、それはただのいいわけである。五百冊ぶんの本を内臓できる電子機器があったとしても、私は軽量のそれではなく五百冊そのままを選ぶ。これはひとえに、本という形状が好きなためだと思う。紙の手触り、におい、いつはさんだか忘れた栞代わりのレシート、一冊ずつ違う文字組、黄ばんでいく感じも。本まみれで暮らしている人は、少なからず本というかたちそのものを愛しているんではないかと思う。


と、階下に落ちた住人に親近感を抱いていたら、別のニュースで、その人がためていたのは本ではなくて昔の新聞・雑誌だと知った。なーんだ、ただの捨てられない人なんじゃん、と、自分だってある意味捨てられない人のくせに、軽んじるようにつぶやいた。