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英米作家8人の「声」CDに─(朝日新聞)

インタビュー集出版した柴田元幸氏に聞く

アメリカ文学研究者で東京大学教授の柴田元幸さんが、ポール・オースターカズオ・イシグロレベッカ・ブラウンら、8人の人気英米作家と、翻訳を通して親しい作家村上春樹さんのインタビューを『ナイン・インタビューズ 柴田元幸と9人の作家たち』(アルク刊)としてまとめた。英文と和文を並べ、村上さんを除くと、CDで声も聞ける。

「批評家は作家にとって敵にも味方にもなりうるが、翻訳者は彼らにとって無条件に味方」と柴田さんはいう。内容も録音も再構成はしてあるとはいうものの、どの作家も驚くほど素直に、自己の内面や文学手法を明かしている。

「虚構と現実の境界にものすごくひかれ」、「肌が薄い」という言葉でその境界感覚を表現してみせる女性作家シリ・ハストヴェットは、文化による虚構で世界は作られ、「その虚構の表層を、現実から剥がすのはすごく難しい」と語る。

父親のアウシュビッツ体験を描いた名作漫画『マウス』小野耕世訳、晶文社)の作者アート・スピーゲルマンは、長年、週刊誌「ニューヨーカー」のアートディレクターを務めていた。しかし、「9.11」のあと、ブッシュ政権への抵抗を失ったアメリカン・ジャーナリズムに抗議して、降りた。インタビューは「9.11」以前だが、鋭い批判精神と洞察力があふれている。彼は2時間しゃべり放しだったという。

小説を読むという経験の双方向性を問題にした『舞踏会へ向かう三人の農夫』みすず書房)が、日本でも話題になったリチャード・パワーズ。純文学といえば価値観の虚偽を暴くものと考えられているが、そうではなく、「本当に感じ、意味を築き上げる様式に戻ることは可能か?」と模索し、古風というか「アイロニー」を必要としない立脚点を模索している」。

愛情にひそむ権力関係や身体をみつめる女性作家ブラウンは、ひとりの人間から想像することよりも、ひとつのセンテンスの断片、リズムが聞こえてくる感覚から始まるともらす。自分のシンプルな文体が、ヘミングウェイの文体に影響を受けたと明かしている。

また、イシグロは作家を志していたころ、「自分の声を見つけろ」と仲間でいいあったと思い出す。1回見つけたから終わりというほど単純でなく、「つねに、どの時点でも、そのつど新しい声を見つけなくちゃいけない」。だからこそ、「今の自分は何者なのか?そう問いつづけないといけない」。

ニューヨークのブルックリンに暮らすオースターは、映画監督体験などもこめた長編「幻影の書」(『The Book of Illusions』)についてだけでなく、「9.11」による衝撃をふりかえった。アメリカが石油依存の生活から考え直し、「自分をもう一度定義し直す上では大きなチャンス」だと力説する。

村上春樹さんは、『海辺のカフカ』などの自分の小説は、「小説という制度の解体」で、「小説というシステムを分解して、一つずつ部品を洗って、自分なりに組み立て直した」と説明。神棚にまつりあげられた「お文学」ではない、ゲームなどに負けないような「アクチュアルな、アクティブな小説」をめざしているが、それには、読者と作家に加えて、何かとの「三者協議」が必要だと語った。

全体の印象をあらためて柴田さんに聞いた。「英語圏の作家は一般に雄弁。作家と会って、作品の印象と違うと思ったことはなかったですね」

アメリカの作家は小説を「書く」というより「語る」が、「その作品の声が誰に向かっているかを、どの作家にも」質問、その答えの違いが興味深かったそうだ。

─(編集委員・由里幸子)